2011年11月21日

生きにくさの考察 (2)

前記事の通り、自分の現在の意識に少なからず問題があり、それが現在の生きにくさの原因となっているとすれば、ではどうやってそれを多少なり改善できるか、ということが目下の関心である。やはり本能的に生きにくいのは辛いので、改善できるものならそうしたい。その点からも、私が今すぐに死にたいとか決意しているわけではない、実際的には死ねないということなんだろうけど、その点は安心してもらえるかと思う。もちとん、自殺ではなくて、突然、いわゆる成人病とか、フィジカルな病魔に襲われたらそれは別だけれども。ただ、それとこれとはイシューが異なるから、ここでは関係ない。

完璧主義思考の持ち主が、多少でも生きやすくなるための思考のヒントは、ネットでも多くのカウンセラー等が書いていて、それは概ね誰もが近い意見を持っているので、それを実際に自分のなかで実行できるかどうかはそんなに簡単なものではないけれども、とりあえず自分にできることは、有用なヒントがあればそれを念頭に置いて、修行のようにトライする、それしかできないと思うし、それが唯一のもがきのようなものかと思う。要注意なのは、えてして、こうしたヒントを実行する際にも完璧にやらないと、と思ってしまい更に自分の首を絞めがちになるので、それは避けるようにして、そもそもそんなに簡単なものではなくて、うまくいけばもうけもの(逆にいえば失う物はない)くらいに考えて、それでいて根気強く思考を補正しようとすることが大事かと思う。改善策だと思ったらそれが更に首を絞めたりするのは本末転倒だしね。しかし、そういうことをヘタするとやってしまうのがこの思考バイアスの持ち主であって、油断はならない。

■自分の完璧主義思考は所詮自己満足に過ぎないものだと心がけて、固執しない。
■気分転換は超重要。仕事で成果を出すためにも、遊び休みは絶対必要。(納得いくまで休みを取らないという発想は厳禁)
■完璧でない面を、隠そうとしない。(完璧であることが自分の存在意義だと考えないようにする)
■そもそも完璧な人などいないことを理解する。(そう見える人がいるだけ)
■時には、人を頼ったり、ルーズになったりすることを、罪悪だと考えない。
■大局的な完成度>局所的な完成度、この順位を忘れない。その限りにおいて、局所的な完成度を気にかけない。
■0%から80%に持って行くのと、80%から100%に持って行くことを区別する。後者には、労力をかけたほどの価値がないことが多いということを自覚する。(完璧主義思考者は往々にして後者に重要な価値があると考える)
■自分で全て背負わず、「この程度でいいや、後は気に食わない人が煮るなり焼くなりしてくれ。そうすればそれをありがたく参考にするので」くらい開き直ることも時には重要。
■期限に間に合うのならどんなゴミでもひとまず提出しとけばOK、くらいに考える。

悪い言い方をすれば、なんだかんだいったって、完璧主義バイアスを持っているってのは、ある意味大人になりきれていないってことだろうし、仕事においても、最終的には評価されないんだと思う。そして、恐らくはこの歳になってしまえば、多少は改善することができたとしても、根本的に自分の性格が変わってかなり理想的な状態まで思考バイアスを矯正することはできないんじゃないかと思う。(可能性はあるけど、良い意味、自分を追い込まない意味であきらめている。)更に、ある程度の年齢になってから、いわゆる会社でそれなりに評価される人は、このあたりのセルフマネジメントが上手(意識的か自然かはどちらでもいい)だということも理解しているので、私自身は、正直会社ではこれ以上評価はされなくていいし、いわゆる出世もできなくていい、このあたりが自分の限界だし器かなと感じている。そういう自分の限界について、不満は覚えなくて、そういう人間だっているよな、ということを納得できる程度には、世間を見てきたということだろう。実際、本当の意味での管理職などは、こういう性格を持ったままの人間には務まらないし、本人にとってもきついだけだと思う。繰り返しになるけど、これはネガティブなあきらめではなくて、むしろ自然体に還るようなニュアンスのあきらめだから、自己否定や自己卑下だとは考えてもらわなくていい。そもそも、生きにくくなってきたということ自体が、現在の仕事における限界の発露でもあるだろうから、即クビにならないだけでもありがたいし(まあそうはいっても即クビになったとしたら、理由が不明確だしあんまりだとは思うが)、今後に目処がそれなりに立つのであれば、更に半歩退いた生活にシフトするなり、身の程を弁えた過ごし方をする方が、後々の自分の満足度は高くなるのではないかと最近は感じている。そもそも、単なる自分の思考の癖について、こんな長々と書いてる時点で、こいつダメだな、と自分ながら思ったりするのだけど、まあその辺はなかなか簡単には治らないわけですよ。

あと、自分の場合どの程度までやっちゃってたかわからないけれど、完璧主義傾向の人って、他人にもそれを強要する場合もあるから、その場合は、嫌われてしまうこともあるだろうと思う。まあ最近は自覚的に少なくとも他人には求めないようにしているけれど、それ以前についてはあまり自信がない。ただ、これはどうやってももはや過ぎたことなので、あえて気にしない。なるようになるさ、に尽きるだろう。

強迫神経症や対人恐怖症という程には悪い状態ではないと思うけど、そうじゃなくても、これくらい毎日を生きにくくする威力が完璧主義思考にはある。ここまで書いていなかったけれど、生きにくさというのは、常時自分で自分に満足していないのだから、私の場合少なくとも仕事面においては、満たされたと感じる瞬間がないことになる。従って、休みだろうが次にすべきことを考え、時には休みだろうが手を付け、そういうことをしないと落ち着かなくなってしまう。実態としては今と全然変わらないものとして、結局は私の認知の問題なんだろうと思う。現在は決して満たされて安心することがないけど、考え方次第では、満たされて、休日は休日と切り替えることもできるようになるんだろう、と理屈上はわかる。満たされる、というと極端だけど、少なくとも、週末になれば「とりあえずまた月曜からやればいいかな」と心から思えるようになれば、それは私の場合には生きにくさをかなりの程度緩和してくれるんじゃないかと思うし、日常の仕事中の生きにくさもかなり和らぐんだろうと思う。でも、それが、口でいう程、あるいは他の人なら自然体でできるほどには簡単じゃない。でも、そうじゃない人もいて、私はそうじゃないんだから、そうじゃない人なりに死ぬまでの日々をなんとか過ごしていくしかない。

しばらく先に、これを読み返すことがあるかどうか、そのとき生きているかどうかわからないけど、その頃の自分はこれを見てどう思うかな。ああ、そういうこともあったね、くらいに感じることができる自分であることを願いたいけれど。
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生きにくさの考察 (1)

ここ数年は個人的には非常に生きにくい日々が続いている。生きにくい、というのは厳密にはいろいろな定義が可能な概念だが、私の場合でいえば、自分のこれまで過ごした各時期のなかで、相対的に一番ストレスフルで、思考がネガティブになりがち、楽に死ねるのであればそれも構わない、これから先に何か良いことがあるかもしれないが現状から解放されるのであれば別に将来を捨てることは厭わない、そういう感情に自然に包まれることを指すと考えればよいのではないかと思う。あくまで自分の経験の中での相対基準であるから、絶対基準に基づくものではないが、こういう場合における人間の思考とは相対基準以外にはありえないと思うので、かつ、これはあくまで自分の主観の問題であるから、絶対基準でないということは何の癒しにもならない。また、あくまで自己内での相対比較であって、他人との相対比較(いわゆる、下を見るという考え)も、それが解決にならないという自覚はある。

なぜこのような状態になったのかは、一概にいえず、種々の要因が複雑に絡んだ結果今に至っているのだろうという以外には推測のしようがない。一つの見方をすれば、数年前にうつ病になったのがきっかけではないかと勘ぐる向きもあろうだろうが、それ以前から似たような状態のことはあったので、あの病気体験はむしろ自分のそういう精神状態を自覚して、何かを替えなければ生きにくい状態からは脱却できないのではないかということを気付かせてくれたという意味で、この文脈においてはむしろポジティブなイベントだったと思う。無論、病中においてはあれは心の癌と言ってもいいような苦しさがあるわけだから、またなりたいとは思わないし、他の人もできればならずに済めばよいなあと思う。ただ、あの時ではなくとも、自分の場合は遅かれ早かれ発症するのは不可避だったということは確信に近い。

精神疾患の療法の一つに認知療法というものがある。これは、認識の歪み、具体的には、自分で自分を苦しめるような思考傾向を発見し、解除することだと理解しているが、認知療法について情報収集する中で、現在の自分の生きにくさの原因だと当たりをつけているのが、いわゆる「完璧主義」思考である。完璧主義といえば、悪い印象を持たないケースもあるかと思うが、それはあくまで自分の中で満足のいく結果を出せている限りにおいて、またそういう場合は他者から見てもまあ満足のいく状態にはなっている可能性が高いという意味で、一件して悪とは見えないものである。そのようにうまく行っている状況においては、他人からは、「彼はちゃんとやる」「彼に頼めば大丈夫」といった認識をされて、実際の会社における評価も概ね好意的なものになる傾向がある。

これが、本人の中で、完璧主義思考に基づいてなされているのではなく、自然体で日々を過ごす結果として出てきているのであればあまり問題とならないのであるが、完璧主義思考に基づく場合は、日々をうまく過ごすほど、自分を苦しめるエネルギーが蓄積してしまう。完璧主義思考は、つまるところ、自分が自分に対して、合理的基準に依ることなく、これをやるためにはここまでやって当然、いや、これも関連するからつぶしておかないと不十分、そこまでやれて当たり前であり特段の評価にも値しない、そういうハードルを自らに課して、それをクリアし続けることで、なんとか無難に日々を過ごしているのだから、それだけでも常時かなりプレッシャーを受けながら生きていることになる。そして、多少うまくいったとすると、他者から上記のようはレスポンスをうけることで、その結果が自分のなかではかなり背伸びして達成したものであったとしても、次の瞬間からは、その水準に達して当たり前であり、それに達することができなかった場合は自分は無能であり無価値である、という思考をしてしまう。これは、持続可能な生き方ではない。無限の能力があれば別だと思うかもしれない。ところが、この思考バイアスは、能力の絶対水準ではなく、常時、n時点での自分と、n+1時点での自分で、常に前進を強いられるのであるから、スタート地点での絶対的な能力どうこうは、ニュートラルなのである。どこに位置しようが、その苦しさには変わりがない。

自分の場合のうつ病の原因は、厳密には検証不可能なのだが、思い返してみれば、やはりこの完璧主義思考による自己内プレッシャーがあった可能性は高いと思う。そして、病験を経てそれが改善したかといえば、馬鹿は死ぬまでなおらない、といわれるように、性格はそうそう簡単には変わらないので、現在もたいした変化なく引きずっているんだと思う。完璧主義思考が、もし、とってつけたように何か自己啓発本のようなもので臨時的に導入したものであれば、捨てるのもまだ比較的容易だと思うのだが、通常は、物心ついてから成人するにいたるまでの成長過程で個人の中に根強く形成されるものだから、むしろ性格改造のようなことになり、これは多少痛い目にあったからといって容易に変えられるものではない。記述のように、何か変化があったとすれば、このような自己分析が少しだけできるようになった、というくらいで、根本的には何も変わっていないよな、と自覚している。

この苦しさは、本人しかわからないものだと思う。他人から見れば、なんでそこまで思い詰めたり突き詰めたりする必要があるの?もっと気楽にやればいいじゃん、と、逆に私のような思考バイアス自体が不思議というか、理解できないというか、あるいは頭では理解できるけど、それは起床時間を変えるくらいのノリで変えられるようなものだと感じるだろうし、その意味で本当には理解できないと思う。これは別に悪いことではなく、そういうもの、ということに過ぎない。本人にしかわからないし、本人の問題なのである。

さて、完璧主義思考が現在の私の生きにくさの主因でるという仮説が当たっているかどうかはわからないが、それ以外に有力な仮説が思い浮かばないこと、かつ、完璧主義思考が極めて有害なものであるという理解に至った以上、これをどう緩和していくか、理想的には排除できるか、が当面の課題となるが、このような問題意識を持つこと自体が、性格は容易に変えられないという現実に直面し、生きにくさを増幅させているというのが、本当に困ったものだと思う。なんせ、わざとそういう思考傾向にしているのであれば治しようがあるが、これは性格の問題である。ある課題を目の前にして、直感的に、これについては、これこれが必要で、こういう品質が必要で、というレベル感が自然に出てきてしまうし、それがごくごく自然なことだと思うからである。多少うまくいかない部分があって当たり前、というのは頭では理解できるものの、それをあらかじめ織り込むことは、こういうタイプの人間にとっては手抜きを意味するわけで、故意に自分の仕事の計画に手抜きを盛り込むなんていうことは、難度が高いのである。ただし、以上のように性格だから難しい、で放棄していると何も変化が期待できないため、ここはダメもとでもいいから、自分のナチュラルな思考を補正する努力はしないことには、この生きにくさは何も変わらない、という自覚はある。ただ、そういう努力もまた日々を生きにくいものにしている模様である。

完璧主義思考を持ってない人は、そもそもこういうことに悩むきっかけすらないわけだから、羨ましいと思うし、人間そんなもんだと思う。まあ、他の人はまたその人なりに全く異なる悩みを持っていたりするので、悩みの種が違うというだけであって、過度に自分を卑下することもないんだろうし、後は、人それぞれが自分なりに意識する壁に向き合いながら、日々過ごしていくしかないんだと思う。その結果として、例えば、自殺といった選択もあるだろうことは理解できる。私がそうする、という風には取らなくて大丈夫。これは、誰だって可能性としては持っているわけで、だからこそ「どうしてあの人が」という反応もあるわけだから。可能性として自分にもそういうことがあるのだろうな、という自覚程度の問題であって、自殺の可能性もあるよな、と言っている人間が本当にそういう道をたどるかどうかは、あまり有意な差はないんじゃないかと思う。

私の場合、あまりよろしくないレベルで完璧主義思考が出てくるのは、仕事だけのように思う。日常生活では特段几帳面ということもないし。仕事となると、やはり他人の目というのは意識せざるをえず、そういう面では、完璧主義思考に加え、八方美人的な傾向かつ他者の目を意識する傾向、評価されたいという意識、そういったものが悪さをしているように思う。どちらも、ほどほどであれば、一般的には美徳とされる。たとえば、全く他人のことを気にかけないよりは、気にかける方がいいといわれるだろうし、どう評価されようが知らないというよりは、よい評価が得られるよう頑張るという姿勢は、基本的には受けがいいんじゃないかと思う。ただ、私の場合は、たぶん、いきすぎている。どうしてこうなったのかは、正直よくわからない。大学生くらいまでは、むしろ、他人に無関心かつどう思われても気にしない傾向があって、今と反対方向だったような気もする。他者の目は昔から意識していたように思うけど、それは今の意識のしかたとは違って、単に、高校以降あたりはあんまり出る杭にはなりたくないな、という程度の意識の仕方だったと思う。ただ、完璧主義思考というのは割と小さいころからあって、これはいわゆる優等生的な人には多いんじゃないかと思うけど、ただそんなに悪性のものではなくて、社会人になりたてのころなんかは、自分がどう評価されるかもわかんないし、かなりニュートラルだったように思う。そうすると、現状は社会人になってからの生活のなかで自然と形成されたものなんだろう。だとすると、幼少期から形成されたものほどは根深くないにせよ、社会人上の常識という意味では多くの人は社会人になってからそれまでの自分を社会人対応で修正しながら自己形成するものだとすれば、やっぱりそれはそれで一定の根深さを持っているんだと考えられる。

最初にうつ病になるまでは10年強だったと思うので、良く言えば、よくそこまで完璧主義のまま引っ張ったなあと思うんだけど、よく考えてみれば、この完璧主義思考自体が、その10年間を経て徐々に増幅していたと考えられるので、恐らくは危険な水域に達したのはそんなに早い時期ではなく、まあ来るべきタイミングで来たということで、別に耐えたりしたわけでもないんだろう。入社後あまり間がないころは、年末に銀行口座マイナスのまま帰宅して、その後銀行から連絡受けて緊急対応して、ということがあったけど、当時はそんなに罪の意識もなかったし(それはそれで問題だが)、失敗したなーと引きずることもなかったもの。もちろん、その反省はその後に活かされているので、ある意味、今の私に比べると、非常に健全な意識で日々過ごすことができていたんだろうなあと思う。
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2010年04月10日

残業魔神と思われていた

さすがに土日は休み。これって普通のことだっけ?よくわからなくなってきました。自営になれば土日も何もない、ということでしょうから、立場が違えばプロトコルもまた違うってことなんでしょうけどね。

昨年4月以降に同僚になった人は、私のことを本質的な残業魔神だと思っていた、とのコメントを得て、なるほどそう見えるのね、と得心。

ただ、そのコメントを発する人はある意味人を見る目がないというか短絡的というか。本当にキャリア全般的に残業ばっかしている人(いわゆる普通の企業でね)は、稟議書に弁証法だとかイデアだとか書きませんって。半分ネタですが、そういうこと。それなりに多様性のあるインプットを相応の量で得るためには、いわゆるフツーの残業をずっとやってるようではタカがしれていることになります。だから、みんなそんな感じでしょ?

私が残業魔神なのはこの1年程度だし、まあ精々あと半年ってところ。それが終われば、毎日さっさと職場を出て、たくさんの人と会ったり、たくさんの場所に出かけたり、たくさんの本を読んだりしますよ。あと半年生きていれば、という留保付きですが。

だから、この1年半で失うものは非常に大きかったと思う。でも、結局のところ現時点までは退職したりという選択肢があるにもかかわらずそうしていないというのが結果としても実質的にも自分の判断であってそれに後悔してはいけないわけで、せめてもの救いがあるとすれば時間外手当で車が買えるんじゃないか?くらいかな。それはさすがに大げさか。

iTunesを9.1にアップ。アップデートのたびに、ジャンルのローカライズファイルを英語版に置き換える手間が発生するのですが、さすがに慣れてきたかな。9.0は動画再生のシークが再生画面上では効かないなどバグっぽかったので、ひとまず入れ替え。恐らくは私のPVライブラリのせいだとおもいますが、アップデート時のライブラリの引き継ぎ時に10分くらい作業時間がかかってしまいますが、この程度ならまあね。
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2010年03月13日

エリアの違い(Wikiの続き)

まず、繰り返しになりますが、Wikiが万能なんて言うつもりはありません。あくまで、適材適所ベースです。

で、なんでエンタープライズWikiが全く盛り上がらなかったかといえば、そこはデジタルディバイドじゃないけど、まあ提供側とユーザー側に断絶があったんだろうと。提供側はそりゃプロなんで、Wikiを構築することなんて難しくないでしょう。ただ、ベンダー側は、多分、ユーザー側にどういうニーズがあって、どういう操作方法が好まれるか、なんてあたりが十分につかめていないのかなと。ベンダー視線だと、Wiki記法なんて別に難しくもなんともないし、使い方は使う人が勝手に考えてよ、みたいな。

一方で、ユーザー側(いわゆるフツーの部署の人たち)には、私の見るところ、潜在的なニーズってあるんだけど、まずそもそもWikiって何なのかを知らない。WikiってWikipediaでしょ、知ってるよ!なんてあたりが関の山で、Wikiがプラットフォームっていう理解ってあまりない。だから、頭の中や肌感覚ではわかっているニーズを、そもそもWikiでどう実現すればいいのかもわかるわけがない。Wiki記法なんて、わけがわからなくて、こんなのありえない、とても入力なんてできるか!ってこともあるでしょう。

てなことで、結局宙に浮いちゃったということじゃないのかな。エンタープライズWikiをやった会社って、多分、一般ユーザーもそれなりに知識のあるIT系の会社中心じゃないかと思います。これは、そんなに溝がないから、導入まではスムーズで、すぐに、「どうやって各人のコントリビューションを促進するか」というKM一般の問題に突き当たって、それをうまくこなせればそこそこになるんだろうし、躓けばそこで死んだシステムになっちゃうんだろうし。

そういった溝のあるところが、実はまだ掘り起こされてない鉱脈だったりするのかな、という気もします。ただ、私の場合は、もうちょっとサーバーとかネットワーク系の知識を強化する必要があるかな。

あと、Wikiにしても、Blogにしても、多少記法があるにしたって、要はテキストファイルですから、既存ツールや、ちょっとしたツール自作で、データコンバートできる、つまり、プラットフォームが変わってもデータを使い回せるわけで、これって大事かと。プラットフォームなんて長くても5〜10年で陳腐化しちゃうだろうから、そこでデータがおじゃんになったり、移行に何億円もかかったりするのは厳しいです。そういう意味だと、やっぱテキストファイル最強なんですね。このあたりは、しかし現実では、ITベンダーにとっては利益相反的なところもあったりして、いろいろ事情がありそうだな、という気もします。
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2010年03月09日

今さらだけどWiki

5年前くらいだったか、それ以前だったか、KM(Knowledge Management)が流行ったことがありましたが、最近は沈静化しているのかな。で、現状はどうなってるかといえば、まあ現場は悲惨なものですね。

多分、MSのSharePoint Serverだと思いますが、全文検索はまるで使える代物じゃないし、ファイルサーバはダンジョンと化しているし、紙だとちゃんと残ってるかといえばそんなことはなくて結局どれがファイナルだかもわからないファイリング。グループウェアのExchange Serverは、グループウェアってよりは単なるメール&スケジューラ。繰り返しになりますが、そもそもMS-IMEって時点で、電子媒体へのロゴスのインプットを完全に軽視していることを意味するし、そもそもまともなタイピングができない人からして多すぎ。これは、固有名詞の話じゃなくて、一般名詞として通用すると思います。

そんな中、有効なツールになりうるのって、Wiki系統なんじゃないかと思う今日この頃です。当然、Wikiで持つことに適正のあるジャンルってのは存在します。万能ではないと思う。でも、それが道具なんだから適材適所でいいんだと思うし、Wikiにそぐわない部分については、ブログもあれば掲示板もあるし、ファイルサーバの全文検索でもいい(ただ、せめてGoogle Desktop 企業向け程度の実力は最低限必須ね)。企業や部署によって、それぞれ最適組み合わせがあるわけで、ワンストップサービスが存在するっていう勘違いだけしなきゃいいんじゃないのかな。

あと、昔からのKMの課題は、どうやって貢献者の幅を広げるかってことで、一説には結局明快なインセンティブシステムしかないってことになってますが、ほかの切り口としては、そもそもハナから全員参加を要件としないって道もありそうです。もともと、組織あるところ、馬鹿やフリーライダーは確実に存在します。そういう人にどう振り向いてもらうかに労力を費やすのではなく、最初から選民のための道具っていう位置づけもありなんじゃないかなと。WikipediaのベースはMediaWikiなわけですが、その差分管理やノートでのディスカッション履歴などを見るにつけ、Wikiのポテンシャルってこんなもんじゃないよなと最近改めて思う次第。ただ、まじめに考えるにはちょっくら腰を据える必要があるんだけど、残念ながらその時間がない。あとは、この歳になると、全く世界観が違っていて、私の考えていることをまずもって理解することはないだろう人を説得することは得策ではないってな程度の知恵はついてきたので、要は、インプルメンテーションの場をいったいどうやって探そうかなってのが序盤の難所かなと。

あと、データの互換性保持。グループウェア入れ替えで、それまでの知的資産が無に帰するなんて、ちょっと理解できない行為なんですが、そういうイベントって現実に存在するんですよ、これがまた。

Wikiシステムそのものとは関係ないですが、以下のようなWikiPediaの記事は人類の叡智というか、もっと適切に言うならばエンスーを端的に表現しているように思えます。
http://ja.wikipedia.org/wiki/DDR3
http://ja.wikipedia.org/wiki/113%E7%B3%BB
http://ja.wikipedia.org/wiki/銀河英雄伝説の戦役



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2010年02月06日

休暇入り、しかし馬鹿発見

一応、今日でbusy streakも終了。月〜水は休暇ということになり、私にとっての前回の年末年始より長い6連休となりました。直近1ヶ月の移動合計のピークは結局140hrsちょいということで、折角なら150の大台を超えておけばよかったかなと思いますが、これはやむをえません。休暇でかなりペースが落ちてしまいますので、新記録はまた休暇後に再チャレンジということになります。

で、本日は20時頃までに残務を片付け、さあ帰るかと思い共用ロッカーを開けたところ、なんと折角の休暇前にもかかわらず、私の上着を間違って着て帰った馬鹿が存在したことが発覚! なんか、同系色の類似サイズの上着があったので、その上着の持ち主が恐らくは容疑者。とはいえ、その上着が必ずしも容疑者のものとは限らず、そうでなかった場合は上着違いの連鎖を生んでしまうため、意を決して、上着なしで外へ。今日はそのあと知人との会食があったので、とりあえずは銀座のユニクロにダッシュ。私はコートを着ない派、かつ肌着を着ない派なので、上着がないということは、すなわち、ワイシャツ一枚で外に出ることを意味します。一応、マフラーは持っていたのですが、この季節(しかも今日はそれなりに寒い日だった模様)に、ワイシャツにマフラーという格好で銀座を歩くというのは、一種の変態行為に違いないと確信し、仕方なく、いかにも「別に帰宅中じゃなくて、オフィスからちょっと用を足しに出てきただけですよ」という風を装いながら、やせ我慢してユニクロを目指した次第。特に高いアウターを購入してもしょうがないので、セール品のホワイトのフリースパーカーを購入。

それを羽織れば、マフラーをしてもまあそれなりに格好のつく状態になったので、一息着いて知人と食事。まずは知人と待ち合わせ地点で合流してから、事情を話してユニクロに共に向かったのですが、待ち合わせ場所にワイシャツ一枚で現れた私を見た瞬間は衝撃を受けたことでしょう。上着を間違った馬鹿については、即刻処刑したいとは思いますが、ここはひとつ落ち着いて、そういう馬鹿がいたおかげで、こういう微笑ましい経験というかエピソードを得られたということで、馬鹿の存在に感謝するというのが健全な後処理かな。あとは、せめてもの願いとしては、この馬鹿が、ちゃんと次の出社時に私の上着を着てきて、帰りにはちゃんと確かめて自分の上着を着て帰る、という極めて常識的な行動を取ってくれることを願うのみです。自分の所業の愚かさに動転し、そのまま私の上着を自宅のクローゼットに眠らせてしまう、なんていう大馬鹿でないことをただただ期待するのみです。
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2010年01月30日

120hrs

一応明日は休むので、1月のお勤めは終了。しめてみれば、時間外は堂々の120時間超えとなりました。エンジンかけたのは成人の日が明けた12日からだったので、通月このペースだと、180hrsくらいになる計算です。万が一突然死したりしたら組織的にまずいからかわかりませんが、当面のヤマを越えたら数日休むことになりました。ありがたいのかどうかは不明ですね、個人的には再三書いているように突然死というのはかなり恵まれた死に方だと思いますので。子供を育てたりしている人は困るのでしょうが、私の場合だとそれほど劇的な影響はないように思います。
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2009年12月20日

完璧主義は良くないといっても

自分単体でみると、完璧主義もほどほどに(All About)、というのは同意します。

しかし現実社会で非常に危害が大きいのは、「上司が完璧主義であるケース」なんですね。この場合、相手の要求があまり度を過ぎていると判断した場合、相手の盲点に狙いを定め、衝動的に論理的攻撃を実行しちゃったり、というリスクがあります。できればこういうことは避けたいんですが...。あまりに無能な上司も困りものですが、完璧主義なのも困ります。重要な箇所だけビシッと締めるのが理想なんですけど(そして重要な箇所というのは案外ハンドリングが難しいから、そのあたりで私も迷ったりする)、そういう人は限られています。それに、重要な箇所だけ締める上司って、世間では意外にも評判が良くない。どうも、私以外の多くの人は、とにかく仕事ができなくてぬるーい上司とか、あるいはどうでもいい細部までキッチリしている完璧主義的な上司とか、そういうタイプを評価するみたいなんですよね。謎です。まあ、私が言ってることは、わかる人しかわからない話なんだろうな、と自己正当化して自慰するっきゃないのかな?
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2009年12月06日

うまく切り替えないと

破壊的・攻撃的といいましたが、まあファーストアクションとしては、週末や夜には気分を切り替えるということを心がけるしかないですね。平日の夜は帰って寝るだけだったりするので難しいことも多いから、どうしても木曜や金曜はレッドゾーンに飛び込みがちになりますが。多分、まだいろんな自覚は持っているので、アタマがおかしくなっているというよりは、ストレスが溜まっているだけの状態だとは思います。進行していくと無意識的殺意が出てきたりするのかもしれませんが、まだそういう境地ではないから大丈夫。

うまく切り替えるためには、週末などは、可能な限りあらゆる拘束物から解き放たれる必要があるわけで、とりあえずそういう状態を必要としている限りにおいては、いわゆる家庭を持つなんてことは避けた方がいいですし、仮に持ったとしても崩壊間違いないわけで。そもそも家庭概念なんてのも、プラグマティックな面において当座はベスト・ソリューションという位置付けにあることは肯定しますが、それは流動的なものであり実はそんなに強固な足場を持っている概念ではないことも確かなので、過度に安住(依存)することも現在の私にはできないかな。

さしあたりは、身体を動かしたり、無限概念について頭の整理をしたり、薬剤をうまく使ったり、多少アングラに入ったり、音楽を聴いたり、といった感じでうまく切り替えられるかどうか。

My Little Loverもかなり活動期間が長くなってきましたが、新作「月の船」はなかなかいいですね。ちゃんとマイラバ的空間が作られてます。
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2009年08月16日

アーリーリタイヤについて

検索すればすぐ出てくるとは思いますが、「33歳で5,000万円貯まったので無職生活へ」という人のブログがあります。最初は2chでそういうスレッド立てて話題になって、という感じかな、詳しくは知りませんがそんな感じ。

そんで、賛否両論あるわけで、そこには多くの変数や価値論が入ってくるから、答えも出ないわけです。そうなると本人がどういう価値論なのかで議論は終了なのですが、それは、私が読んで解釈したところでは、「33だったら、まともに動けるのはあと30年くらいでしょ。リタイアするには決して早すぎる年齢とはいえない。」というもので、これは一理あります。

リタイア後の生活を...なんて人はいうけど、それって早くて60歳、ふつーは65歳あたりまでの60代前半でしょう。自分がそうならないと本当のところはわからないまでも、フィジカル面でかなり衰弱してる可能性がありますし、気力や好奇心はどうなのか。さらに、記憶力は仕方ないにしても根本の思考力や判断力まで大きく衰えていたりしたら、それってどうなのか。そう考えると、上記の人の考えも、一理あると思います。当面食うには困らないのだし、無職に飽きたらまた働いてもいいし、想像以上に快適ならずっとそのままでもいいし。

まあ、私はそもそも、リタイアをプランできるだけのストックは残すことができていないので、せっぱ詰まった問題ではないのですが、遠からずそういう時期はやってくるでしょうから(ずっとシングルだった場合)、そのときはどうするかっちゅーことですね。
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2009年02月24日

個人事業主の社会保険

備忘として。

個人事業主となった場合の社会保険負担は、
1.国民健康保険
2.国民年金

1.は、所得連動なので金額不定ですが、20,000〜30,000円/月か。勤務時の健保継続も可能ですが2年限度なので、これはおまけオプション程度に頭に入れておけば十分かと。2.は14,100円/月(H19)、ただしこれだと基礎年金だけなので、受給額は一般に厚生年金等に比べて低くなるので、勤務時と同程度の受給を確保しようとする場合は別途貯蓄等でカバーする必要があるから、勤務時ベースにするなら月間負担はもっと大きくなって、これも30,000円/月とかいうイメージですね。つまり、合計で50,000円/月程度は必要だというわけで、これはなかなかの負担です。

※少子化時代の賦課方式年金でちゃんと受給を計算に入れていいのかどうか?という点は別イシューとして存在します。

自営だと経費処理等で納税額は相対的に抑えられそうなイメージがありますが、それはあくまで相応の所得があった場合、ということで。

しかしながら、いずれにせよ、月何万円といったオーダーの話であるから、本質的なことではないですね。それより、ちゃんと所得を生むビジネスをやれるかどうか、というのが主であって、これがうまくいけば少々の税金や保険料負担は楽勝だし、逆なら大変なことになるわけで。
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2009年02月16日

どうも落ち着かない

仕事の方は、現在も、いまいち落ち着きが得られない感じです。忙しいとか、難しいとか、そういう軸の話ではありません。自分の中のベクトルと合ってるかどうか。そういうのって案外重要なのは、病気になった経験で更に再認識させられた次第です。

元々がアーリーアダプタちっくでありますから、過去の仕事を振り返っても、世界で誰もやってないというのは言い過ぎにせよ(これはイノベータの役割で、私のそれではない)、所属する単位の中では誰もやってない、サンプルが存在しない、そういうことをやるってのが一番性格には合ってたような気がしますね。現在のレスポンシビリティは、まあ雰囲気的には、既にサンプルが存在するものを忠実に再生産するってのがメインになってるような気がしていて、そこに若干の違和感を感じているのではなかろうかというのが現状認識です。やっぱり人には向き・不向きというのがあるんでしょう。

Steve JobsもStanford講演で、現在の私のような状態があんまり長く続くっていうのは、何かを変えないといけないサインだって言ってたっけな。
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2009年02月03日

キャッシュフロー予測?

不動産デベロッパーでは珍しくもなくなってきましたが、異業種の富士火災も、まさに燃えています(リリース)。一撃で自己資本消失。

収益の変動というのは、かくも激しいものか、昨年の今頃に予想は可能だったのかどうか、など考えさせられます。

そこでDCF法。かつては勤務先の標準バリュエーション手法としてDCFを押し込んだりした前科(?)があるのですが、DCFで言うところの「将来キャッシュフロー」なんてもん、そんなのわかんねーだろ!ということをまざまざと見せつけられているように感じます。やっぱ、将来のことって、そもそも"語り得ぬこと"であるのかないのか、そういうところも考えないといけないんでしょうね。

そういや、ヒストリカルから得られたパラメータを使いまくったモンテカルロ法がものの見事に外れて絶望の淵へ叩き落とされたとかいう経験もあったようななかったような...。
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2008年12月27日

なんとか仕事納め

昨日でなんとかかんとか仕事納め。今年はマジで色々ありましたが、総括は年始のエントリあたりで改めてできればいいなあというところです。

年内は2件ほど予定があって、年末は予定なしで年賀状書き等。年明けは静養ということで、パターン的には通常通りの年末年始という感じ。

篤姫の総集編はとりあえず保存しとこうかと思います。さすがに大河ドラマ全編を記録するのも、ということで。そういうのはガンダム程度でよいでしょう。しかし総集編、一年分を6時間程度に収めるだけあって、編集はかなりの荒技だと思われます。本編見た人じゃないとついて行けない、要は本編見た人の追想録、といった趣になってしまうのはやむを得ないところ。NHK、ネットでオンデマンド放送するのはいいんですけど、無料にしなさいって感じです。早く放送の自由化も進めて、BBCとか普通に見れるようになってほしいところです。そうすればもうちょっとは競争圧力も強まるかと。
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2008年12月04日

想定内

わかる人はわかるかな? これでトップを飾るのは今年二回目となりましたが、まあここ数年は色々ありましたので、今回の件は余裕で想定内です。ホリエモンと同郷の私の言うことですから、嘘じゃありませんよ。
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2008年11月30日

最適負債・資本構成

今年に入ってからの、大会社の流動性詰まりでの倒産連発を見ていると...やっぱりファイナンスでの最適負債・資本構成っていうのは考え直さないといけないなあ、と思わされるわけです。赤字での倒産ならいいんだけど、黒字でも、財務CF悪化+金融機関のリスクアセット調整によるリファイナンス停止、これでTHE ENDです。正直、こういうタイミングだと、投資先が無借金だととりあえず一息つけるし、借金があろうものなら、いつ突然死するか、と心臓に良くありません。

やっぱり安い負債は活用しておいて、流動性危機に対してはコミラインなどで対処すればいいじゃないか!と言われますが、流動性危機と不景気というのはセットでくることが多いので、せっかくのコミラインもコベナンツ抵触でオジャン、てこともあります。

となると、レバレッジを高めることによる倒産確率の上昇というものを、従来のMM理論においては軽く見過ぎていたのではないか、ということが疑われます。まあ恒常的に軽く見すぎ、というのは言い過ぎだとすると、実は負債を持つことにより受容する倒産確率のアップというものは、マクロ経済動向に対応してかなりダイナミックに変動する、という知見を加えていかないといけないのかなとも思います。それは、最近のCDSプロテクションフィーの大荒れ具合を見ても一目瞭然。別にD/Eレシオはそんなに変わってないのに、CDSフィーは激変するわけですね。トヨタや三菱商事が100ポイント以上ってホントなのかな、という気もするんですけど、確かにそういうQuoteはなさてれるわけでして。

こういうのは、実際に現場を見てると、良い勉強になりますね。学校で教わっただけではなかなか実感がつかめないのではないでしょうか。

日銀、利下げはしたものの、実際に下がったのは日銀と銀行のやりとりの金利だけで、それ以外の市中金利の短期ゾーンは、利下げ前くらいの水準になってきつつある、というのはどの程度理解していただいてるんでしょうか?
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2008年10月24日

今週リスタート

ということで、いつのまにやら、"気がつくと転職"みたいな状況になっています。といっても、これ自体は別段どうということはないような感じです。環境が変わることによるマイナス面が強調されがちではありますが、環境が変わることによって楽しい面もあるし、新しいアサインメントももらうしで、案外こういう方が適度な刺激があって、かえって良いのかも、という見方もできます。そういう観点では、漫然と、日々変わらぬことをやりながら過ごす方が、精神衛生上悪いという解釈も可能かと思います。諸先輩方は、とりあえず一度転職しちゃうと免疫ができる、と教えてくださいましたが、それもなんとなくわかるような気がします。もちろん、私の場合は、新職場に応募して、採用決定後に辞表を出して、といったプロシージャそのものは通ってないわけなのですが、まあ似たようなものかと。良い経験になることでしょう。

あと思ったのが、数日前まで、ちょっと勘違いしていたかもしれません。シャア風にいえば「○○はやはり許せぬとわかった」、カミーユ風に言えば「本当に排除しなければならないのは、・・・」、アムロ風にいえば「本当の敵はあの中にいる」、そういったところで、ちょっと気付くところがありました。まあ、何のことだかわからないかと思いますが、わからなくて大丈夫です(笑)。



しかし、格付け会社っていうのは何なんでしょうね。まあ、色々と言い訳してるようですが、自信を持ってAAAをつけていた債券があっという間にジャンク債以下になってしまうような事実について、誠実な姿勢で、正直、レーティングした本人もどう思っているのか聞いてみたいもんです。リーマンの際は、「つぶれる直前も、十分な流動性は確保していた...」なんて言い訳してましたが、この現実を目にして、なぜ流動性がキミの基準で安全だという水準にあることが本当にAAAになるという因果関係をどう正当化するのか。理由になってません、ということですね。格付けの限界が露呈したのは今回が初めてでもないのですから、要は、バイサイドが格付けなんて無視して、自分で判断すればいいんです。うーん、それだと、今度はバイサイドが言い訳できなくなっちゃったり、結局は格付け会社と同じような言い訳をし始めるから、永遠のループが始まるだけなんでしょうか。なーんてことをほざいておりますが、じゃあ俺が第二のミルケンになってやる!とレバレッジかけて買い出動する勇気もない私はまだまだっちゅーことですよね。
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2008年10月17日

職務経歴書

まだクビになったわけではありませんが、このご時世、そうそう楽観もできないなあと思い、ひとまず職務経歴書を作ってみました。これはこれでなかなか楽しいものです。簡単な、社会人期間限定の「自分史」みたいな感じ。

で、知人に、人事をやっている人がいて、これまで無数の経歴書を読んできたと豪語しておりますので、経歴書案を提示して教えを乞うことにしました。どういう指導があるかわかりませんが、こういうことを頼める人がいるってだけでも、知己というのはありがたいものです。

Gmailへの過去メール集約はまだ終わりません。一方、Gmailの常時同期バックアップは順調に動作し、蓄積も完了しましたので、こっちはこれで一安心。突然Googleからアカウント削除されたりしてもまあ大丈夫でしょうか。メール集約は、あと一週間くらいかかるかもしれませんが、まあ一度やってしまえばこちらのものなので、気長にいきましょう。

そういえば、最近バタバタして作成が滞っている、コーポレート・ファイナンスのスライド、1000枚を目前にしたところで足踏み状態です。ここまできたら内容はともかくとしても大台には乗せておきたいので、今度の週末あたりにちょっとやってみようかなあと思っています。数だけ多くてもしょうもないってことはわかってますが、同一テーマで1000枚のパワポを作る奇特な人間はそう多くはないでしょうから、まあそれも一興かと。
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2008年10月11日

無料PDFソリューション

FX37、試写的な意味合いで、気軽に撮影しまくってますが、広角の威力というのはわかりやすいですね。従来のT9の38mm相当(これと比べちゃなんですが)ではどう考えても画角に入りきらない勤務先のビル全景が、いとも簡単に収まってしまったりするのは感動的です。感度も上々で、オートでもISO800まで増感しますので、開発者サイドもこのあたりまでは許容範囲って認識なんでしょう。T9はオートだとISO320止まりでしたからね(そんな中、ISO400で撮りまくっていた私)。レンズが明るいからか、気持ち、シャッタースピードも短くて済むような気がしますが、これは本当に気のせいかもしれません。室内撮りの際のオートホワイトバランスが、たまたま知人が持っていたこれまた新作のIXY 920ISと比べると、IXYの方がいい感じだったんですが、これは、ある意味どっちだってそのカメラの味ということができるし、必要ならWB調整すればいいだけのこと。てなことで、まだ買って1Wにもなりませんが、実売26,000円のカメラとしては十分すぎるだけの満足感があります。悔いなし。



職場の複合機のスキャンに自動OCRが検討だにされていない事態については、これまでここでも嘆いてきたこと数知れず、ですが、嘆いてばかりいても仕方ないので、その現状の中で、できる限りのペーパーレス・ソリューションを探究していて、それなりに形ができました。おかげで、先週にシコシコと作業を進めた結果、ダンボール4箱程度の書類をペーパーレス化。近々職場が変わるわけですが、新しいオフィスには、紙を一枚たりとも持参しない方向で調整中です。

しかし、OCRなんて、個人的には1994年くらいに重要書籍をテキスト化してましたし、2002年頃に業務の一環でペーパーレスソリューションを調査した際も、Canonの複合機には当たり前のように付いてたので、新しいどころか、もう枯れ過ぎちゃってる技術なんですが、世間の認知は低いですね。用途も、昔は変換率追求でしたが、現在では変換率は98〜99%程度で上々、そもそも用途は完璧なテキスト構築ではなくて、検索に引っかけるためなんだから100%変換でなくてもいい、ということで確立してるはずなんですが。あ、また嘆きになるので、中止。

基本的には、スキャンの部分は、複合機にOCRも、ページ単位での回転機能もついてないので、その段階では、現状に甘んじるしかありません。その先をどうするか、となると、基本的にはフリーソフトで対応するしかないでしょう。頭の固い人はフリーソフトなんてダメだと言うかもしれませんが、環境をいじらず、ウィルススキャンもクリアし、ネット接続もしないフリーソフトのどこに問題があるのか、こちらが逆に聞きたい。あと、権限設定でクライアントIDにはレジストリ書き換え制限がついていることが一般的で、私の場合も例に漏れないため、フリーソフトのなかでも、インストーラなしのソフト(要は、EXEとINIだけで動作するもの)限定となります。以下、ソフト名は職場にしか記録がないので、どういうものかだけ紹介。検索すればすぐ見つけられるでしょうけど。

■ヴィジュアルにページ単位での回転が可能なPDFビューワ

比較的インストーラつきが多い中、インストーラなしでAdobe Readerより高機能なタブ式ビューアが海外ソフトでありました。サムネイルを見ながら、ページ単位での回転が可能、かつPDFにテキストや付箋を追加可能という優れものです。これで、スキャンした文書の見栄えを飛躍的に整理できます。追加テキストは残念ながら独自形式みたいで、PDF形式対応のインデックスサーチでも拾うことができませんでしたが(これができれば完璧以上なのですが...)、まあ十分でしょう。

■PDF結合ツール

これは山ほどあります。複合機では、用紙サイズが異なると別ファイルになってしまうので、こいつで結合すれば複数書式の用紙を一つのPDFファイルに統合できます。

■インデックスサーチ

そもそも、Google DesktopやMicrosoft Desktopがあれば苦労しないのですが、なぜかそうはなってないんですよね。で、まさかインストーラ無しのインデックスサーチソフトがあるとは思いませんでしたが、一つ見つけました。ファイルサーバ含め、必要なディレクトリを指定すると、ローカルにインデックス生成して検索できる。MS OfficeやPDF対応なので、Outlookメールが検索できないことを除けば、まあ普段使いには十分耐えうるものがあります。後は、添付ファイルを含めたメール検索をどうするか、ですね。Outlookメールを、添付ファイルと一緒に、何らかの汎用形式で一括書き出しするツールがあればこれも解決ですが、これはまだ検討中。よく考えてみれば、そのうち時間ができれば、自分で作れば早いかもしれません。今は、VBの一般ユーザー向けバージョンは無料で使えることですしね。

■PDF作成ツール

スキャナにOCRがないならば、Wordか何かで1枚、キーワードを適当に入力して、そいつをPDF出力。そして、その1枚を、実際のPDFファイルの一番後ろに結合することで、これにてインデックスサーチが後付したタグページを参照して検索で引っかけるので、よほどマニアックな全文検索が必要な状況でない限りは十分な使い勝手が得られるかと。ただし、これは恐らくそうなる、という段階で、今のところは時間がないので実施できていません。多分、ダイジョブだと思うのですが。



以上、限られた環境ながら、それなりにやれることってあるものですね。今回の試行錯誤を経て、今後はひょっとすると本質的なペーパーレス移行を実現できるかもしれません。ちなみに、かけ声ばかりで、必要なツール等を提供しないペーパーレス推進運動は、私にいわせれば「まがいものペーパーレス」です。これは、ぽしゃります。



ベストアルバム発売に合わせてでしょうか、スカパー!では最近、竹内まりやのクリップの頻度が高くなっています。既にH.264化してiTunesに登録済みですが、それにしても「カムフラージュ」などは、タイアップドラマもいい感じではありましたが、曲自体も名曲ですね。あと、撮影も上手なんでしょうが、彼女、年齢のわりにはかなりキレイなような気が...。

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2008年10月03日

0を追加、次はもういっちょ0を

仕事の方はまだバタバタしていますが、あと一週間もすれば落ち着くかなあと思えば、なんとか乗り越えられるかなと。

結局、為替のディールは実質的には7〜9月だけやって、会社が消滅、ということになったわけですが、この四半期はかなり良いディールができたように思えます。ダウンサイドリスクは手の内に入れられていたし、かつ、相応に利を乗せることができた。オプションのディールも、なかなか良い感じでした。改めて感じたのは、四六時中ヘッジできる人でない限り、エキゾチック、あるいはオプションの売りも、要注意だということ。特にエキゾは突然ポジションが変化するから、事業会社ではなかなかヘッジが難しく、オプションショートも、良いコストで逃げるのはそんなに簡単ではないですね。いずれにせよ、今回は結果も出たし、経歴書にも書くことができるようなクォーターだったように思えます。旧会社最後の四半期がこういう感じに終わって、何より。今後も、精進を続けていきたいものです。基本的には管理部門だったということもあり、「儲かった!」という経験はあまり多くなかったのですが(それでもゼロというわけでもないですが)、今回は従来の自己記録に0を一つ付け加えることができました。また、この次は更に0を付加するような何かをやってみたいもんです。とはいえ、数字ばかりを追いかけすぎて墓穴を掘らないように注意は必要ですけど。今回で、ちょうど私の通算給与も概ねカバーできて、結果的には会社は私のその他の仕事を無償で得られたような感じになったように思えます。うまく帳尻を合わせられたので、気分良く次のステージへ向かうことができます。
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2008年09月30日

最終営業日へ

会社は合併前の最終営業日へ。一つの転機ではあります。とはいえ、まだ細々したことがいろいろあるんですけど、まあ大局観的には着地点は見えてますね。

先週の金曜日に続き、本日も月曜から新会社が歓迎会を催してくれてありがたいことです。月曜からの3次会はこたえますが、それは先方も同様なので、感謝です。さて私は、もとより他流試合の方が活きてくるタイプなので、実のところ、合併で職場が変わること自体は特になんてことはないと思ってます。むしろ、タコツボの中の世界に強制的に留め置かれる方がストレスがたまります。そのスタンスは今後も継続ということで、開かれた社会であるならば留まるもよし、タコツボであればいつでも転身できるようにしておけばまあいいのかなと。

いい機会なので、YouTubeでMLKの"I have a dream"を聴きました。一回の人生だから、こういうスタンスは、新しい環境に移ってからも大事にしていきたいものです。もちろん、そういうのが誰からも受け入れられる社会ではなくなってきていることも承知の上で。
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2008年09月29日

もうすぐ区切り

現在勤務している会社も、実質的にはあと2日だけの営業となりました。義理堅い、といわれるかどうかわかりませんが、ひとまずは現在の会社を引き継ぐ会社への業務引継はしっかりやるのが筋だろう、ということで淡々とやってきましたが、さすがにここにくれば概ね目処は立ってきたかなと(ていうか、立ってないとまずいんですけどね)。てなことで、ひとまず個人的には義務を達する日も近そうな気がするので、それが済んだ暁には、好きにさせてもらおうかと思います。

周囲には、精神病のことを気遣って、あまり無茶はするなと留めてくれる人もいるのですが、実感としてはそこそこ大丈夫といえるんじゃないか、と感じています。それに、正直なところ、私の経験がイコール典型的日本企業、と言っていいのかどうかわかりませんが、かりにそうだとすると、もう典型的日本企業にはほとほと愛想が尽きたなあ、という感じです。

まあデイリーレベルで緊急を要する案件でもないから、嫌でも移り変わっていく周囲の状況を眺めながら、考えていこうと思います。それにあたっては、相対性理論や熱力学の法則などからは脱却できないながらも、根拠のない種々の迷信・イデオロギー・慣習・統治のための詭弁等からは、できれば一歩引いたところから見ていきたいなと。



友人からはPC組み立て完了報告がこないんですけど、よくよく考えてみたら、現在は恐らくはHDDフォーマット中とみました。容量が増えるのは良いのですが、フォーマットもそれなりに時間を食うようになってます。私も、最近は、新規購入したHDDの初期フォーマットは、寝ている時にやるようにしています。
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2008年09月26日

企業価値を高める社葬

えー、今度社葬があります。一応、資本主義社会における民間企業とは、その一挙一動が企業価値の向上に寄与するもの、というお題目があるのです。ということは、社葬も企業価値を向上させるのだろうか?とネットで検索。ヒット件数は少ないものの、ありました。こういうセミナーがあるようです。

企業と社葬
━社葬の潜在的意義とコストバランス━
T.企業価値を高める社葬
U.社葬におけるコストとは
V.クオリティの高い社葬のために
・実際の社葬VTR放映


果たしてどういうロジックなのか、是非出席してみたいところですが、残念ながら仕事の都合で行けそうにありません。無料みたいなので、どなたか行かれたら、その論理を教えてください...。

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2008年09月22日

サイバーテロ

週明けに出社、昼過ぎに何気なく気付いたこと。「あれ、金融機関とのWebサービスが使えなくなってる...」

システム部門に問い合わせると、週末に全ユーザのドメイン名を変更する処理を行ったため、「電子証明書は無効になってるはずですね」と。簡単に言ってくれるものです。おかげで、全金融機関との電子証明書が無効化です。再発行には通常でいけば1週間とかかかるわけですが、可能なところには押し込んで数日での再発行を依頼しました。それにしても、これは新手のサイバーテロじゃないでしょうか。それくらい言ってよ!という感じで、さすがにむかついています。

当然、一次対応としては、起こってしまったものをとやかく言わずに、現時点でできることを精々やるだけ、これは分かっていますけど、それはそれとしても、ちょっとお粗末で、呆れています。プロの仕事じゃないっしょ?
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2008年09月15日

窓(リーマン)

リーマン破綻で、ドルは窓開けて吹っ飛びました。みんな、公的資金投入を前提にしていたんでしょうか。まあ、ロンドン、ニューヨークと入ってきたので、そろそろ落ち着いてくるころでしょうか。

為替は、ドル円ショート、ドルプットショートのヘッジポジションがありまして、デルタはやや下となっているので、利が乗っているはず。利食い時かな?
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2008年09月10日

Prof. Scholes講演

平日の昼間に、東武東上線の霞ヶ関くんだりまで来る奇特な人は多くなかろうと思いきや、会場は満杯。私のように休暇をとらず、仕事名目で来ているであろう背広の人々、リタイアした人、学生、そんなあたりで、数百人の講堂が満杯でした。

ブレイクタイムに、質問票が配られていたので、英語で書いて提出したのですが、私の質問は全く採用されず。採用されたのは、「日米の初等教育の差はどうか」「グローバル経済で政府が果たす役割は」「環境問題とグローバリゼイションについて」の三つで、私にしてみればそんな抽象的なこと聞いてどうすんの?というものばかり。進行役の大学院教授は「この三つでおおかたの質問はカバーされてるようです」と言ってましたが、そんな馬鹿な!

ちなみに私の質問は以下の3つ。ちょっと過激&マニアックかな?そんなこともないと思うのですが。

1.恐縮ですが、LTCMの破綻によって、得られたもの・考え方を変えた点等あれば教えてください。
2.リアル・オプションの勃興について、オプションプライシングモデルの濫用といえるのか、適切な使用法といえるのか、どう思いますか。
3.富の再配分は、政府を主体とすべき(北欧型)から、民間チャリティを主体とすべき(米国型)、どちらを指向しますか?


いきなり、"you learnt from the collapse of the LTCM fund"とかいうフレーズが入ってたから、主催者も「こいつの質問は危険だ!」なんてことで、速攻ゴミ箱行きだったのかもしれません。
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2008年08月18日

運転資金および開示

分かる人は分かっていたようですが、アーバンの倒産にはちょっとビックリ。個人的には読めてなかったし、つい最近まで最高益更新の連続できた企業も、いざ風向きが変わると脆いもんだなあと改めて勉強になります。

財務の教科書を読めば絶対書いてありますが、運転資金っていうのは超大事。そんでもって、業績が追い風の時は全然問題にならないのですが、逆風になったとき、こういうときは傾向としては運転資金の需要が増加するわけなんですが、そういうときでもちゃんと資金をつなぐことができるかどうかが財務担当者の腕の見せ所なんですね。だから、追い風業績のときに新任の財務部長が「もっと銀行に金利を下げさせろ!」とかゴリゴリやりすぎるのも、じゃあ逆風の時にどうすんの?という視点も持ちつつやることが必要なのではないかなと。そんで、運転資金が途切れたとき、それがTHE END。赤字で倒産する企業はありません。倒産は、最後の最後はやっぱりキャッシュが詰まるときなんですよね。逆に言えば、赤字連発で累損・債務超過になったところで、資金さえ回っていれば企業は存続する。そういう時期を過ぎて、今ではピカピカになっちゃった企業も数多くありますね。

それにつけても、300億円の仕組み債について、どういう開示をしていたのかまでは知りませんが、表向きに300億円調達と言っておきながら、現在価値では実は90億円の調達でした、というのは投資家はさすがに厳しい。もちろん、既にこの段階での調達だから、怪しいことはわかってなくちゃ、という向きもありましょうが、それでもこういうことがあると投資家の目は更に厳しくなってしまいます。ただでさえ、内部統制とか「本当にそんなの必要なのか?」という風向きが強い中、こういうことがあると、情報開示も更に面倒な仕組みができてきちゃって、気がついたら全ての会社が非上場になってた、なんてことが数十年後にはあるかも。マザーズ、ヘラクレスならまだしも、アーバンは東証一部だったわけですしね〜。



元上司に呼ばれ、「精神病の調子はどうよ?」と。うーん、本音を言えば、私が聞きたい!という感じで、よくわかんないですね。病気前がどうだったかも忘れちゃったし、現時点での私自身が病前と比較してどうなのかもよくわかんない。更に快調になってるかもしれないけど、まだ以前には戻ってないかもしれないし、どっちなんでしょうね。事実としては、CY2008に入ってからの約8ヶ月間は、とにもかくにも普通に動けているということ、これは確かですね。実際問題、こういった時間を積み重ねていって、1年大丈夫だった、2年大丈夫だった、10年大丈夫だった、と確信を深めていく以外に方法はないのかなと。まあ、それにしても、病み上がりで、いくら以前経験のある部署とはいえ2月に異動し、その後減員され、その上で日常業務と合併作業をとりあえずは進められているっていうのは、病み上がりにおける統計的な相対比較でいえば、順調な方なんでしょう。まあ、明日はどうなっているかわかりませんが。なーんてことを言えるようになったのは、見方を変えれば、病気を経てプラスになっている部分かもしれませんね。
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2008年08月13日

マイロン・ショールズに会える!

先日書いた、東京国際大学にマイロン・ショールズがやってくる件、なんと、想定外の早さで聴講券が郵送されてきました。そう、見事当選!です。(倍率が1倍以下だったのかどうか、そんなことはもはやどうでも良い) 明日早速休暇申請しなければ。減員、通常業務、合併準備とバタバタでろくに夏休みも取ってないわけですから、まあ問題なしでしょう。
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2008年08月10日

マイロン・ショールズがやってくる!

電車内の広告で気付いたのですが、こんど、東京国際大学にかのマイロン・ショールズがやってくるとのこと。サイトでの告知はこちらですね。

平日ですが、こういった機会は、まさに有給休暇の使いどころですね。ポスターでは8/16までの受付となっていますが、サイトでは8/8締切となっていて整合性がありませんが、まあ8/8締切ということは、実際に受付作業を開始するのは週明けからでしょうから、本日申し込んでもなんとかなるでしょう。まあ恐らくはポスターの方が正しいでしょうから、いずれにせよ申込は大丈夫かと思います。問題は、抽選になるのか、その場合に当選確率はどのくらいか、とのこと。場所がマイナー(東武東上線の霞ヶ関)、しかも平日ってことで、無事に入場券ゲットできればよいのですけど。

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2008年07月21日

リアルオプションの謎

リアルオプションをちょっとだけ囓っているところですが、よくわからない点が。通貨等、金融系のオプションをBS方程式で評価する場合、一応、原資産+借入・運用で複製可能ということが、価値評価の妥当性を担保しているものかと理解しています。

しかし、リアルオプションをBS方程式で評価する場合、大抵の場合は、原資産が存在しないわけですね。事業の撤退オプションの例だと、原資産+プットの買いによってコール買いのペイオフができるわけですが、この場合は事業が原資産になるわけで、そんな漠然とした原資産をもとにBS方程式で評価していいのかなあ?というのがよくわかんないところです。

リアルオプションだと、バイノミナルツリーで評価すると、なんとなくそれっぽくなりますが、結局のところ確率の世界になりますので、大数の法則が効くような例でないと計算上の評価=現実の評価ということにならないような気がするわけで、それで単発プロジェクトの評価をやってしまっていいのかなあ?と。まあ、バイノミナルでもBSでも、そんなに違った評価は出てこないわけなので、結局根っこの疑問は変わらないかなと。

私の理解がまだ根本的に浅いのかもしれません。どなたかウンチクをお持ちの方は、導いてくださると助かります。
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